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ゼミナールSirube
未来可能性について考える30
日 時 2026年2月16日(月)
13:30~16:00
会 場 みやぎ教育文化研究センター
会場の詳細はこちら
参加費 無料
テキスト 太田直道 著『人間とその術』
内 容

 1月の会では「第10講 術の未来-次の時代の生き方」の 《1 近代的技術から畏敬の術へ》全体を概括しましたが、今回はその内容の中でも、特にシモーヌ・ヴェイユの「根をもつこと」に着目して取り上げながらテキストを読み進めていきます。興味関心のある皆さんの参加をお待ちしております。

 

 

 

前回の
様子

第10講 術の未来-次の時代の生き方

1. 近代的技術から畏敬の術へ
◆近代的技術
近代は―知性の時代(自然の秘密の発見、その開発利用)
人間中心主義と自然支配
    ⇓
《現代》技術的工業的作用力と膨大な人口とエネルギー消費と自然の破壊
    回復不能の「副作用」を地球と人間に及ぼしている。
 近代技術は人間の活動に奉仕する手段の位置から、逆に自己増殖を続け、
 そのために人間を駆り立てる体制を作り上げている。

(近代技術の問題点)
・地球自然に対して破滅的な影響を及ぼしかねない。自然倫理、未来倫理の
 欠如
 現代は、飽食の時代であり生産過剰-大量消費、大量廃棄 /身の周りの
 事物に対する敬愛の心を根こそぎ欠如 /非循環的消費は自然の循環をは
 み出しており持続性を保持できない。 
・技術の管理と制御の問題-人間の能力を超えている(核と生命と情報、こ
 れらの先端技術領域においては、その限界線を越えようとしている)

◆畏敬の術
・これまでは人間の都合による自然の事物秩序の攪乱が近代技術のもとで繰
 り広げられてきた。必要なのはものへの畏敬の心が呼び起こされること。
・サン=テグジュペリ『人間の大地』-生きる意味を見出す星が必要。おの
 れの可能性を引き出す隠された「真実」をつかむこと。「分離」から「愛」
 「輪の論理」へ。

◆根をもつこと
シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと』
・人は大地に根を下して生きている(大地への根づきがすべての人間にとっ
 て生きるための第一条件)。
・根こぎ(故郷喪失)-危険な病患
 死に等しい魂の無気力状態、卑劣な暴力。相互のつながりが切断。独善的
 な偶像崇拝。文化の奇形化、労働の非人間化。
・現実世界のすべての価値=重力を近代国家が独占(人々の自然的結合の破
 壊・消滅)。国民は根こぎに、覇権的な政治的国家は民族の根こぎの結果。
・祖国と政治国家とを分けること、そして政治国家は近代文明の産物である
 ことを知ること。そこから新しい社会の展望が始まるのではないか。

◆中間者としての人間
・人間は、この世界における統治者、覇者ではない。人間は、つねに中間の
 時代を生きる中間者であり途上者である(過去の岸から受け取ったものを
 対岸の岸に運び渡すことを使命としている。そして未来への可能性を残す
 こと)。

◆生命と精神への畏敬の学
・近代科学は、自然の運動法則の探究者、真理の探究者として興るが、技術
 への適応が可能であることがわかると変質への道を歩み始める(科学が技
 術に奉仕する存在に、技術が知の領域を支配する)。
         ⇓
《生命と精神への畏敬の知とは》
・自然を外部から観察する知(分析と実証の知)ではなく、自然の営みのな
 かに身をおき、それと同調する知で、直観とインスピレーションによって
 光が当てられた内容が総合的知性によって語り出される知の形態。
・総合的知性とは理論的な知性が想像力と共同作業をすることによって生ま
 れる「物語的」で「叙述的」な知性。
・生命と精神への畏敬の学にとって重要なのは、イマジネーションの役割

・新たな無為自然の思想(自然の循環に対する無為と生命の保存と再生に対
 する無為)
・新しい人間知-人間の作為と無為の境界を明確にするものでなければなら
 ない(人間には何が許されており、何を為してはならないかをはっきり自
 覚することが重要)。人間を超えた自然の深みを知ることが人間活動のす
 べての原点でなければならない。
・自然は、人間の理解を超えた計り知れない神秘の世界であるがゆえに、人
 間は知を進めることができる。それゆえ人間の自然知は、自然の内奥に目
 を向けるという意味で神秘主義的であると言える(神秘を見すえその方向
 に向かおうとするのが科学でなければならない)。