年月日 : 2011/2/2
投稿者 : 佐々木大介さん
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センターつうしん№61「学校の現場はどうあればよいか」

センター通信61号特集「学校の現場はどうあればよいか」を読んで

「自分もそうだったなあ。」という思いを持ちながら『座談会 若い教師 現場の今を語る』の若い教師の皆さんの話を読んでいました。

私の場合、教育とは無関係の仕事から角田小学校へ赴任となりました。
講師の経験もなく、若さだけが取り柄でした。

そんな私がいきなり授業などできるわけもなく、教材研究はどうすればよいのかということでさえわからなかったことを覚えています。

ただがむしゃらに目の前の仕事を片付けていくのにやっとの毎日でした。
当時の角田小は、遠藤惟也さんを中心に授業づくりや学級づくりをどうすればよいのかについて学校の中で学び合うことのできる職場でした。

同学年の先生方だけでなく、先輩方が「国語の授業するけど見に来ない?」「授業で私語が多い時集中させるのにどうしてる?」「こういう絵を描かせたんだけど、どうやってるの?」という子どもたちの指導にかかわる会話がたくさんありました。

毎日のように、いや毎時間のように困っていることばかりでしたから、先輩方の話は一言も聞き漏らさないようにしていました。

また学びだけでなく「今週○○小と野球の試合だ!」「放課後バドミントンしよう!」「阿武隈川の源流を見に行こう!」という遊びのイベントもあちこちでありました。

さて、今の職場の状況はどうなっているのでしょう。
放課後に教材研究の話をするどころか、同学年の先生以外とはほとんど話ができないのが当たり前です。

毎日のように6時間授業なのですから、同僚とゆっくり話す時間なんてありません。
仕事が追いつかなくなっているのは若い先生だけではなく、ベテランの先生も同じです。

経験があってもそれを生かせないほどの仕事量で、毎日の仕事を何とか片付けようとすると、とても若い先生方に声をかけるゆとりもないのです。

逆にベテランの先生ほど子どもや仕事の仕方の変化に体力が追いつかない状況もあるので、職員室ではなかなか教材研究や子どもの見方、指導法についての話は全くといっていいほどありません。

本来、先輩から後輩へ語り継がれていた「よりよい仕事をするための技や思想」がとぎれてしまっているような気がしています。

さらに若い先生方の困難さに輪をかけているのは、『初任であっても一人前の仕事を要求されること』と『職場に学び合いの同僚性ではなく個別化が働いていること』です。

私が初任の時と大きく違うのは、子どもたちと会うのが楽しみになるような話ができる時間的なものもそうですが、今は若手をあたたかく見守ってあげようという雰囲気がなくなっていると感じます。

何もよくわからない1年目から初任者研修にしばられ、しかも担任としては最低限以上の働きを求められます。
それは保護者からだけでなく、職場でも同様です。

教師として育てるには『まず手本をやってみせ、次に一緒にやってみて、そして一人でやらせてみて、よいところを認めてあげる』という教室で子どもたちを育てようとしていることと同じことが必要なことだと考えています。

初任研で指摘されてもわからないことはたくさんあります。
授業についても10人いたら10通りの見方があるはずです。

本当に正しいことはどんなことなのか?大切なことはどんなことなのか?それを今の現場で伝えていかなければいけないと今回の特集を読んで感じました。

これから若い教師はどんどん増えていきます。
これからの自分の役割として学び合いのある職員室づくりに力を注いでいきたいと考えています。