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ゼミナールsirube10月例会

日時 2019年10月7日(月)
13:30~16:30
会場 みやぎ教育文化研究センター
会場の詳細はこちら
参加費 無料
テキスト 『人間教育の哲学史』(太田直道 著)、当日配付資料
内容

シュタイナーの教育思想にとりかかって4回目となりますが、引き続きテキストと太田先生作成の資料をもとにシュタイナーの教育思想を読み進めていきます。
これまで参加していない方でも関心のある方は、ぜひご参加下さい。お待ちしております。

前回の
様子

7月の読む会では、シュタイナーが人間精神を表象作用、感情、意志の3区分で把握していることをみてきたが、9月は、この人間精神の3区分にもとづきながら、彼の考える教育(主に幼児期の教育)へと読み進めていった。
シュタイナーにとって教育とは、人間精神(表象作用、感情、意志)に正しい方法で働きかけ子どもの成長を促すことにある。幼児期は、感情と意志が結合しており、幼児の身体運動は意志の活動の現れであるという。よって幼児は、身体をたえまなく動かすことによって身体諸器官の発達をはかるとともに、意志を発達させる。また幼児の行動の本性は模倣であり、周囲の人たちの身振りを模倣することに特徴がある。(シュタイナーが教師のあり様について、教師は権威者でなければならない。子どもたちに全面的に信頼され、畏敬の念を抱かれるようでなくてはいけないというのも、子どもの模倣の本性とも関連しているかもしれない。)このようなことから幼児期の身体教育は遊び、すなわち幼児の内発的な模倣衝動の身体活動を通じて行われなければならないという。
シュタイナーは、また幼児が行う身体的活動は芸術活動であって、「芸術的な要素が、特に著しく意志形成に働きかける」のだという。さらに「人間の肉体は音楽的なリズムを通して、世界と音楽的にかかわるように生まれついているのです。子どものこの音楽的能力は、・・・とくに踊りと結びつけるように配慮すれば、とても大事なことを親は子どもにしてあげられるのです」とも述べている。そのようなことからシュタイナーは、音楽・リズム表現と身体運動との一体的な表現活動をオイリュトミーとして提唱し、幼児教育のすべてにわたって取り組まれる必要があるとした。オイリュトミーはたんなる身体活動ではなく、幼児教育のもう一つの中心である話すことに結びつき、動くことと話すこととを一つにした表現活動であるという。

シュタイナーは、幼児期に大切なのは身体の健全な発達とともに、いかに意志形成をはかっていくかだと考えている。そして意志が芸術的なものと一体であることや、反復(繰り返し・練習)を通じて形成されるというその性格から、オイリュトミーという独自の表現活動を考案していった。
幼児期の子どもたちは確かに打楽器のリズムなどに敏感に反応し楽しむ。シュタイナーにとってリズムは生命そのもの、つまりは生命の始まりがいのちの鼓動と始まることと実は結びついているのかもしれない。生命活動の原初はリズムとともにある。ゆえにだろう、「教育とは『正しく呼吸することを教える』ことでなければなりません」とも言うのであろう。
シュタイナーそのものからは離れてしまうが、ハンナ・アーレント研究などで知られる佐藤和夫さんが、メキシコの詩人であり思想家でもあるオクタビオ・パスの「リズムは拍ではない・・・それは世界のヴィジョンである。」に触れて書いた文章を思い出す。その中で佐藤さんは「パスによれば、リズムは一定の方向へと我々の心を向かわせ、その中では、リズムは本源的な意味で時間そのものである。我々は、そのリズムにおいて時間そのものとなり、そこで我々自身に何者かが生起してくる当のものだという」、あるいは「リズムとは、打と休止の連続ではなく、それによって世界をどういう方向で理解しようとしているのか、世界をどういう方向で見たいのか、世界をどう見ているかを伝えるものなのだ」とも述べる。そう言えば、シュタイナーは人間精神を表象作用―感情―意志に区分し、それらが過去—現在—未来という時制と関連付けても語っていた。このような彼の人間精神の把握と思想が、「子どもが人間と宇宙との関係を自らの根源感情として所有するようになることをめざす」教育のヴィジョンとして結実していくのだろう。