『教育』を読む会 6月例会

日時 2017年6月24日(土)
10:00~12:00
会場 みやぎ教育文化研究センター
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参加費 無料
テキスト 『教育』(2017年) 5月号、6月号
内容

6月の例会では、5月号も一緒に読む予定でいます。テーマは以下の通りです。

◆5月号は、
 特集1 部活動の深い悩み
 特集2 検証・ブラックな学校
◆6月号は、
 特集1 相模原事件は問う
 特集2 実践記録
    ~書いてみた・読み解いてみた2~

 5月号 特集1は、部活動の光と影を具体的な体験などにも触れながら明らかにします。特集2は、さまざまな教育要求・職務の増大、それに応えるための長時間・過密労働による多忙化、職場環境の劣悪化など、ブラック化していく学校について考えます。
6月号 特集1は、昨年神奈川県相模原市の津久井やまゆり園で起きた殺傷事件の背景を構成する優生思想について考えます。優生思想は、人間存在を価値づけ、優劣で選別する本質を持っています。教育も決して優生思想と無関係ではありません。特集2は、「子ども理解」を中心に若い教師たちの実践を読み解きます。

前回の
様子

 今回は、4月号の特集1「『教育の良心』を引き継ぐ」から、山﨑隆夫論文「教師の仕事は『奇跡』の連続」と、福島裕敏論文「教師教育をとおして育て継承する『教育の良心』」を中心に読み合いました。
 「行為」としての教育に宿る良心(南出吉祥論考、45頁)とは、教育という営みに携わってきた人々に歴史的に継承され、今日的に追求されている「よりよい教育」をめぐる価値だと言えるでしょうか。

 山﨑論文からは、現在の学校において「教育の良心」を守ることとは、目の前の子どもたちをしっかりとみつめ、「学校的・形式的」枠組みではとらえきれない、子どもの深い人間的願いや葛藤に迫る対応や教育をしていくこと(8頁)であり、そのことは「子どもの権利条約」の視点にも通じるものであることがわかります。
 いっぽうで、今日の学校現場に即して考えるとき、理想と現実には差があるという話も出ました。教師の多忙化や、「孤立化」⇒「無力化」⇒「透明化」というプロセスを辿る今日にいじめのみえにくさなどによって、子どもの命と権利にかかわる「教育の良心」を守ろうにも守り切れない現状も生じているようです。
 山﨑論文では、「教育の良心」にもとづく教育実践の前に立ちはだかる困難として、「競争的・能力主義的教育の押しつけ」と、生きづらさを抱え自他を認められず「攻撃的・非人間的ともいえる表現・表出をする子どもの存在に対して、彼らをどう受けとめ希望へとつないでいくか」(1112頁)を挙げています。なお、この二つと関連しつつ、もう少し別の要因もあるように思いました。学校・教師への社会的な信頼低下、にもかかわらず学校・教師に向け増え続ける要求、限度を超えた多忙化、学校教育を塾などの教育サーヴィスと同等にみる父母の存在・・・などなどです。
 福島論文には、現在進行している教師教育改革の動向が、「よりよい教育」とは何かという議論(55頁)を後景に退かせ、「職務遂行的教職観への再編」(52頁)を図るものだとあります。
 政策が掲げる「学び続ける教員像」とは、あくまで定められた職務を遂行する能力を高め続けるだけの教師の育成を目指すものだというということです。
 たとえば「アクティブ・ラーニング」については、国や県の教育委員会がたとえば「協働」的な授業実践例を出し、学校でもそれをやるべきこととして熱心に取り組む管理職が呼応して、どんどん学校・教師の自律性が損なわれていく。すでにそんな動きが出ていることも話題になりました。
 教員育成協議会と教員育成指標づくりの動きが本格化していけば、教師の養成・採用・研修はさらに画一化され、「教育の良心」を奪われた教師がつくられてしまう。大学での教員養成も変質していくでしょう。見逃せない動きです。
文責:本田)